この世界が消えるまであと6時間。
私はいつものように、木を切り、石炭を掘り、動物を狩っていた。
誰もいなくなったこの世界で、大それたことはできない自分にできることをして、
終わりの時を待っていた。
ふとプレイヤーリストを見てみると、自分以外にもうひとりいることに気づいた。
「こんにちは、今日で終わりですね」
「こんにちは~。そうですねw」
とあるゲームのPvPサーバーを、とあるYoutuberがレンタルして、
視聴者との共有サーバーとして公開していた。
視聴者は主催者と遊べるサーバーで自由気ままに生活して、
適当に繁栄したところで主催者が見に来て交流する、みたいな意図。
視聴者たちは有識者を中心としたいくつかのギルドに分かれて、
協力してボス討伐をしたり、隣接ギルドの防衛戦を手伝ったりと
主催者がいない間も互いに交流しつつ、「主催者がこのゲームに来たときに見せられる世界」を作っていた。
私はこの世界で、主催者の友好勢力でも、敵対勢力でもない、
中立の商人のような立ち位置のRPを選んだ。
全体チャットの会話を聞きながら、交易しながら自分の好きなように建築や狩猟を楽しんだ。
「久々に来てみたら、すげぇ和風建築ができてる」
「まじすか、田舎住みすぎて知らんかった」
「みんなの本拠地あたりです」
「見に行きます」
主催者の企画で作られた世界とプレイヤーということもあって、
主催の熱が冷めていくに従って、ほとんどの人は徐々にログインしなくなっていった。
誰もが「他に誰もいないだろう」と思って、全体チャットをしなくなっていく。
そのため、人々の動向が全然わからなくなっていた。
数百kmを数分で駆ける馬に乗り、障子のような建材の塔にたどり着く。
「あー和風というかアジア風というか」
「ちょっと中華っぽくもありますよね。DLCらしいです」
「げ、1ヶ月で終わるサーバーのために課金するやつおるんか」
この人とは何度か話したこともあるし、私もこの人もだいたいログインしていた。
恐らくこのサーバーで一番このゲームに詳しい人だった。
「うわ、ちゃんとした城ができてる」
「それもDLCかな」
「ここ本当に"都会"って感じしますね。色んな人の建物が乱立してて…」
「そうですね、もうすぐ無くなるけどw」
そう。今日、レンタルサーバーの契約期間が終わる。
どれだけ大規模な建築でも、時間をかけて捕まえたキャラも
時間が来たら、消える。
主催者を迎え入れるために作られた拠点も、オープンテラスの酒場も、
配信での名言に因んで作られた立派な大学も、すべて。
思えば、この世界が出来てから今まで、色々なことがあった。
基本的に主催者はログインしていないので、私達プレイヤーの中での話だ。
ある時、出会ったらキルしてくる、蛮族RPをするプレイヤーが現れた。
ほとんどのプレイヤーは友好的なので、出くわすと挨拶を交わすのだが
挨拶をしようとするとキルされ、持ち物を奪われる。
被害が相次いだためお尋ね者扱いとなり、最終的には有志によって討伐された。
日本語での会話ができない風を装うところが、気合の入ったRPだとある種ネタ化されていて面白くもあった。
またある時から、ログインしていない間に住居を破壊され、
捕まえたキャラや重要アイテムを盗まれる被害が発生した。
この世界では捕まえたキャラに仕事をさせることで効率アップしたり、
冒険に同行させることでボス討伐を楽にすることができる。
要するにこれは、「努力を無に帰させるダルい行為」だ。
全体チャットに被害報告が上がり、みんなで被害状況を確認しながら
(防御力の高い建材で建てていても壊されるため)どのように攻撃してくるのか、
どうすれば防げるかを研究したりしていた。
私の拠点の一つが不要になっていたので、凶器である可能性が高いと思われる投石機を使って、
「この攻撃のやり方だと、3000ダメージ出るね」「この建材だったら、何発まで耐えられるね」
といった研究のために、みんなでひたすら拠点を攻撃するほど、
みんながこの盗賊に悩んでいた。
こちらは残念ながら証拠がつかめず、「うちもやられてました…」と言っては、
ひとり、またひとりと、ログインしなくなっていってしまった。
こうして、最終日だというのに私とこの人ぐらいしかログインしてない、そんな状況になってしまった。
「あれここ、なんかぶっ壊されてる」
和風建築の門らしき部分が、扉と土台だけを残して消失している。
「あーそこは、サムライくんが壊してました」
「え、サムライくんってこのへんの友好ギルドの?」
「そうそう。というか、盗賊の正体、サムライくんでした」
あっさり告げられる事実。
「サムライくんってそんな感じでしたっけ?たしかに、狂人っぽいRPしてるときもありましたけど…」
「いやーびっくりだよね」
だってサムライくんも、被害状況確認の場に、みんなと一緒に来ていたし。
全体チャットでもよく発言してた、陽気な善人だと思ってた。
「こんな近くに犯人いたのは、めちゃめちゃ驚いたよ」
「サムライくんの拠点って、どこにあったんです?」
「なかった」
「え?」
拠点がなかったら、盗んだものはどこに?
「ちょっと長い話になるんだけど」
「サムライくんって元々、友好ギルドにいたんだよね」
「それで破壊行為を見つけた時、ちょっと脅して、居場所吐かせたんだ」
「そしたらなんと、そのギルド拠点の一室が倉庫になってて、そこに入ってた」
「キャラも財宝も、ぎっしりそこに」
主催者の配信でも取り上げられていた場所だ。
そこに、そんな部屋があったなんて。
「どうやら学生さんらしくて、すべてを奪い取れる全能感が楽しくてやってたみたい」
「ギルドの仲間は知っていたんでしょうか」
「…サムライくんって、ギルド内で一度揉めて、ギルド退会してるんだけど」
「実はどうやらリア友と参加してたらしくて」
「その友達はギルドに残っていたんだよね」
「で、恐らくだけど盗品をしまいに行く時に、その友達に扉を開けてもらっていたみたい」
「仲間にもバレないようにしていたんですね」
そんなことのために、そんなに面倒なことをする人がいたのか。
いや、まるで仕事かのように、毎日同じ素材を集めている自分と比べれば、
よっぽどゲームらしい生き方かもしれない。
「でもそんな部屋があったら、気づきそうなものだけどね」
「だって明らかにおかしい量のアイテムが入ってるわけだから」
ただ、そこはあくまでわからない。
黒に近いグレーだが、もう私達に追及できる時間や場所はない。
ただ少なくとも、長い間そこにあった雲は晴れた。
「もう終わる世界だけど、真実を知れてよかったです」
「僕も、最後にこれを伝えられて良かったよ」
ーまた何かのゲームで遊ぶ企画のときは、ぜひ一緒にやりましょうー
礼を述べて私はそこを立ち去った。
私は不思議な満足感を得て、世界の終わりには少し早いが、眠ることにした。
明日起きたらこのサーバーは無い。
また新たな日課を見つけ、新たな物語を探しに行くとしよう。
主催者が自動課金を切り忘れていて、翌月もサーバーはあったのだった。